〈浜寺創菓庵 美乃や〉代表取締役 高田 和夫

――  美乃やの名前の由来を教えてください。
私の祖父がこの店の創業者になるのですが、祖父の出身が岐阜県美濃市だったとこから、美濃市「美しい」と、日露戦争にいってた頃、乃木将軍の従軍兵だったことから「乃」をいただいて、「美乃や」と名付けられました。

――  明治42年から続いている歴史のある老舗ですが、創業時から諏訪ノ森商店会で営業されていたんですか?
創業時は浜寺公園の駅前に
お店がありました。当時の浜寺公園の駅前には高級な料亭などたくさんのお店があり大変賑わっていました。そこに大阪商人の旦那衆が料亭でお座敷遊びをするときに、手土産として餅菓子を買っていってくれていたんですよ。それから戦前の頃に諏訪ノ森商店会に支店としてOPENさせました。

――  三代目になられたころの諏訪ノ森商店会はどんな様子でしたか?
私が三代目になった頃は、商店街、最盛のときでしたので賑やかできたよ。私は今、諏訪ノ森商店会の会長をさせてもらっているんですが、現在、諏訪ノ森にある店舗数は65軒しかありませんが、最盛期のときは170軒以上ありました。紀州街道の方には市場もありましたね。しかし大店法が廃止されて量販店が出来、徐々に衰退していきました。

――  和菓子作りはいつも何時ごろから始めるんですか?
毎朝、4時から行っています。量販店にも卸しているので、おかげさまで休む暇がありません。

――  美乃やの和菓子をどんな人に食べてほしいですか?
和菓子は、日本の文化として冠婚葬祭のいろいろな場
面で食べられています。当社の名物は和風のスイートポテトです。これは私の父が昭和3年に創作して人気商品となり、地元の人に愛されています。これからは次世代の方にも食べてほしいですね。

――  2017年から隣にティフポというカフェが出来ましたが、あちらはどのような経緯で始められたのですか?
美乃やは私の娘が将来引き継
ぎます。その中で娘の想いとして、コミュニティーの場を作って、和菓子をもっと気軽に食べれるようなカフェを作りたい。そして美乃や商品を時代に合わせてアレンジして出していきたいということからティフポが出来ました。おかげさまでお昼時には食堂のように賑わっていますよ。(笑)

――  新型コロナウイルスの影響はありますか?
諏訪ノ森やを始め、南海沿線の地域は空港の沿線上とはいえ、インバウンド効果が元々なかったので、そういう意味では影響はありません。しかし、地元の方がコロナウイルスの影響により遠くにいけないので、地元で買い物をするようになり逆に忙しかったですね。

――  100年企業、その長生きの秘訣を教えてください
そうですね。今はどこも、少子高齢化が原因で後継者不在の問題を抱えています。お店を続けていきたいけど後継者がいないので廃業せざる負えないという悲しい問題です。幸い当社では娘が引き継いでくれるので助かっています。秘訣というほどのことではありませんが、先代の味を守りつつ、新たな表現方法でお客様に楽しんでいただけるようチャレンジし続けることが大事だと思います。

――  堺市はSDGs未来都市に選定されているのですが SDGsについてどのようにお考えですか?
私自身もこの18のゴールすべて大事なことだと思います。当社ですと「すべての人に健康と福祉を」・「住み続けられるまちづくり」・「つくる責任つかう責任」が当てはまるのではないでしょうか。

――  目標や野望をお聞かせください。
この美乃やの看板を長くあげ続けれるように今後も頑張りたいですね。だから娘にも期待していますし、これからも協力しながら美乃やを守っていきます。

株式会社美のや
〒592-8348 堺市西区浜寺諏訪森町中2-180
http://www.minoya.com

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