〈スピニングミル〉代表 小野 晃蔵

――  これまでいろいろな撮影をされてきた中で
一番印象に残っている撮影は何でしょうか?
一番印象に残っている撮影は、仕事上ではなく僕がこの仕事に進もうとしアメリカのニューヨークに行った時、たまたまアリゾナで出会った写真作家の三好耕三という方を撮影した時ですね。僕が20代後半の頃、写真の世界でやっていけるかと悩んでいる時、衝動的にニューヨークに行きました。当時のニューヨークはボトムの時代で、カメラマンが事務所をたたむとか、現像所が閉まるというような状況で、日本でやっていたような撮影のアシスタントの仕事はほとんどなく、アメリカ在住の日本人のカメラマンからは日本に戻った方が良いといわれました。やむなく、そうしようと思いましたが、急いで日本に帰る必要もなかったので、車をレンタルしてアメリカでスナップ写真を撮りながら旅をすることにしました。その時にアリゾナのビスビーという、元は銅山の露天掘りが行われていた小さな村を通過しようとしたところ、大きなカメラを抱えて、その露天掘りを撮影している人がいたので、どんな器材を使用しているのとか、気になり引き返したのです。引き返したところ、背は低く、浅黒く、どうもアジア人ぽいなと思い、「すみませーん、日本人ですか?」と尋ねると、「そうだよー」という返事があり、「何をしてるんですかー」と聞くと、「作品を撮ってるんだよー」と言いました。普通は「作品」という言葉は使わないものなので、おや?と思い「すみません、お名前はー?」と聞くと、「ミヨシコウゾウ」とのことでした。同じ「コウゾウ」という名前で驚き、「僕はオノコウゾウです」と言うと、「君もコウゾウ君か」、僕は「大阪でカメラのアシスタントをやっていて、今は当てもなくカメラを撮りながら車で走り回っています」と言うと、「じゃあ家においでよ」と言って下さり、彼の家に行き、色々をお話しをお聞きしました。彼の住んでいたのはアリゾナのツーソンで、そこにはアリゾナ大学があり、そこにアリゾナ大学センター・フォー・クリエイティブ・フォトグラフィーという世界的に有名な写真の研究施設があり、彼はその一室を借りて自分の暗室として使用していました。彼は日本の文化庁の派遣制度を使ってやってきて、そこを拠点にアメリカで自分の作品の集いを行っているとのことでした。そして色々なお話を沢山聞かせてもらい作品も見せていただきました。次の日の別れ際に僕が「写真を撮らせて下さい」と言って、研究所の中の階段に立ってもらって2枚、カメラを縦と横でカシャ、カシャと撮らせていただき、日本に帰ってからその旅の写真を現像したところ、何百枚の写真の1枚だけが、二重に写ってあり、その写真が三好耕三さんだったんですよ。撮影した時の僕のカメラはニコンのF3モータードライブを着けていたので、シャッターを押せばフィルムが自動的に動くので、二重に写るはずがないんですよ。信じられますか?その後に撮った写真には一切、多重録はないんですよ。何百枚の内の三好耕三さん写真だけが、多重になっている。それが今までに一番びっくりして印象に残っている写真ですね。

――  スピニングミルでは、いろいろなイベントをされていますが
ここをはじめるきっかけを教えてください。
元々使っていた事務所が手狭になってきたので、安くていい物件を探していました。なかなかいい物件がなく諦めかけていたのですが、ある人のブログに載っていた今の建物を見つけたのです。ブログの情報なので、もう無いだろうなーと半信半疑でしたが実際にまだ販売されており、この物件を家族で見に行ったところ、嫁さんが見た瞬間に「かわいいなー」と言ったので、「よっしゃー、それでは絶対手に入れよう」と決めました。もう一つの理由は、この物件を見て、この建物なら人を呼べると思ったので、ビジネスという観点より何か人が集まる楽しいことがしたいと思ったからです。また、引っ越しの挨拶に行ったとき、向いの包丁屋さんが「あの建物を残してくれて、ありがとう」と言ってくれました。実際にここで始めるにあたり、「あの変な建物のところに引っ越してきた家族」ということで、近所から色眼鏡で見られることが分かっていたので、だったら、その色を濃くしてやろうと思い、面白いイベントをやりまくってやろうと思ったのです。そして自分の思い付きで実際にそれを始めると、ご近所さんは、次第に気になりだし「俺も一緒に入れてー」と言う人が徐々に増えてきたのです。そんな中で、うちの子供達が、生活しやすい環境を作ってやろうと考え、子どもたちの成長の過程で、自分の活動そのものが影響を与えると考え、このイベントを更に徹底的に行うことにしたのです。

――  仕事をする上で大切にしていることはありますか?
いい意味で期待を裏切ろうとすることですね。写真で言えば、依頼者が想像されているものよりも良いものを、という思いでやっています。それが出来る場合もありますが、思うように出来ない場合もあります。そのような場合でも、日常において常に、こっちの方が良いのでは、あっちの方が良いのではと、どうにかアップデートをさせようとする試みが、大切だと思います。

――  この仕事をしていて辛かったこと悲しかったことはありますか?
これまで辛いことは沢山ありましたが、結局、人との縁があり、色々なことで助けてもらっています。僕は金はないが、人儲けはさせてもらっている。それは、この場所を通じた人とのつながりによるものが大きいですね。変な話し、この建物は相当なフィルターになっています。ここに来る人は僕と、気が合う人が多いです。今までマーケットをやっていて一回だけですね、変な人に出会ったのは。その人はいきなり怒鳴り込んできましたが、話を聞いているうちに、「この人寂しいんやなー」と思えてきて、最後には打ち解けあって、「また来てくれたらビールおごりますよ」といったら本当に来てくれて、更にもっと腹を割って喋ることができたんです。本当に悪い人間もいるのだろうけど、文句を言ってくるという人は、実は関心があるのだろうと思いますね。

――  今、特に力を入れている事はありますか?
事業のビジョン(目標)を教えてください。
経営者的には、まずいと言われるかもしれませんが、お金を儲けるための動きは、あまりしたくないと言うか、考えたくないですね。そうなると人との繋がりが全てそちらになってしまうからです。僕がこちらに引っ越して来るとき、堺出身の知り合いが「並松は何もないからやめとき」と言われましたが「何もないんであれば僕が作るわー」と言いい、実際にそういう気持ちでやってきました。作るのは住んでる人間だと僕は思ってきたので、行政にそれを託するのは違うと思っています。行政に「税金払っているんだから何とかしてください」というのは違うと思っています。「このように考えているので手伝ってください」という風に持っていくのが正しい思っています。元々僕も大阪市の交通局にいたので、公務員の立場での一般市民との係り方ということについては多少は分かっています。そういう面では堺市の職員の方達は良く頑張っているなーと思っています。あるとき行政の方が興味があって、ここに来られた時に、「大丈夫、行政の力を借れへんから」と言ったら「そんなこと言わず一緒にやろうよ」と言ってくれたし、今は良い関係が築けていると勝手に思っています。だから、「ここでやっていくビジョン」といえば、「この町がクリエイティブな面白い街」になればいいなーと思います。面白くなって結果的に皆が潤う、先にお金を追いかけて潤うのではない。理想ですが完全に綺麗ごとですが、そのようになれば最高だと思います。

――  新型コロナウイルスの影響はありますか?
ありますよ、イベントが出来ないことですね。でも、こんな中でもやっていくしかないと思っています。というのは会食をする訳でもないし、スーパーマーケット等ではすごい人出なのに、あれが良しでイベントが駄目というのは意味は分からないので、僕はやっていこうと思っています。イベントをやってはいけないとは言われていませんし、また、本当にダメな人は来ないと思います。飲食店には補助金が出ますが、僕等には補助金が出ないので、やっていくしか方法がありません。

――  堺市で事業を行ってきた会社として今の堺市をどう思いますか?
僕らが、「こんなことをしたい」という時に、聞いてもらえる総合窓口がほしいのです。堺市は部署がたくさんあって窓口がバラバラじゃないですか。これをやる時はここ言ってください。というような一元化できる窓口があればいいと思います。どこの行政もそうですが、縦の繋がりはありますが、横のつながりが希薄ですね。あとは、民間と行政が積極的に「こんなことやりませんか」と提案をしてくれるような関係性ができればと、すごく思いますね。そんな人達が少しでも増えれば、堺はもっと面白くなると思います。

――  SDGsについてどのようにお考えですか?
SDGsに取り組むはとても大事なことだと思いますが、この目標って僕たち人間にとって当たり前のことだと思いますので、わざわざアピールするものでは無いと僕は思っています。

――  今後の目標をお聞かせください。
具体的には、先程も言いましたが、「この町がクリエイティブな面白い街」になればいいなーということが一番ですかね。やっぱり、心地いいとか、楽しいとか、綺麗というところに人は集まるじゃないですか。人が集まるとそこにちゃんとお金が産まれる、そんな町にしたいです。僕一個人ですが、そう思ってスピニングミルという場所を運営しています。確実にいいなーと思うのは、そのあたりが皆の認識として見えてきていると言えるからです。七道にはスピニングミルがあり、71laboがあり、アカリ珈琲など、そういった小さな面白い店がある。そして来てくれた人がこの町なら私も店を出してみたいと思う。結局は町が楽しい、あの町に行けば知らない人が「こんにちは」と言ってくれる。そんな暖かい街を目指したいですね。

スピニングミル
〒590-0912 堺市堺区並松町45
http://www.spinningmill.info

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